歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品発掘遺跡の最新情報

石川原(いしかわら)遺跡 平成30年6月調査
調査場所

吾妻郡長野原町川原湯地内

調査期間

平成30年4月1日から平成30年7月31日

調査原因

八ッ場ダム建設工事に伴う埋蔵文化財の発掘調査

委託者

国土交通省関東地方整備局八ッ場ダム工事事務所

主な時代

縄文・古代・近世

遺跡の内容


6月の調査は、5区では1~3面(近世~古代)、6区・7区では5面(縄文)の調査を行いました。
4月から継続で調査を行っている5区1面の27号建物では、2階建ての建物である可能性が高くなりました。1階部分の調査を行い、戸板と障子板と思われる建築材が泥流によって押しつぶされた状態で確認され、建物内から天明泥流の犠牲となったと思われる人骨が複数発見されました(写真1)。
また5区では、古代の竪穴建物が3棟確認され、うち1棟は、カマド部分が良好な状態で確認されました。各竪穴建物の埋没土中には、12世紀前半の浅間山噴火に伴い降下したAs-Kk(浅間粕川テフラ)が確認されていることから、12世紀前半以前の建物と考えられます。 6区5面の調査では、5月に調査を行った弧状列石と柄鏡形敷石建物の西側から新たに柄鏡形敷石建物が確認されました(写真2)。柄鏡形建物は台地の縁辺部に構築され、谷側に入り口があります。柄の部分は、自然流路によって壊されているため不明です。建物内は、平石と川原石を用いて全面に石が敷かれ、中央部には炉が設けられていました。炉には、大型の縄文土器を再利用した炉体土器が確認されました。
7区5面の調査は、これまでに4か所で配石群が確認されました。そのうち3号配石群では、竪穴建物や配石墓などが確認されました。竪穴建物は、壁際に石を巡らせる形態で、出土土器から縄文時代晩期前葉と考えられます。一方配石墓からは、小形の鉢形土器と石剣の破片が出土し、時期は縄文時代晩期中葉と考えられます(写真4)。

連絡先/八ッ場ダム調査事務所 0279-76-8040

写真1 5区 建物内から出土した人骨全景

写真1 5区 建物内から出土した人骨全景

写真2 6区 柄鏡形敷石建物全景

写真2 6区 柄鏡形敷石建物全景

写真3 7区 竪穴建物(縄文)全景

写真3 7区 竪穴建物(縄文)全景

写真4 7区 配石墓全景

写真4 7区 配石墓全景

前ページへ戻るページトップへ戻る