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群馬の遺跡・出土品発掘遺跡の最新情報

下之宮高侭(しものみやたかまま)遺跡平成22年11月調査
調査場所

佐波郡玉村町下之宮地内

調査期間

平成22年10月1日~平成23年3月31日

主な時代

江戸時代

遺跡の内容

下之宮高侭遺跡他の発掘調査も2ヶ月を経過し、11月の調査では東部の2区の調査を行いました(写真1)。利根川により近い調査区の東端部には、江戸時代の天明3年(1783)の浅間山噴火に伴い利根川を流下した泥流が堆積していました。泥流の下には浅間山の噴火で降下した白い軽石が当時の畑の畝間に筋状に堆積しており、畑の様子がはっきりとわかりました(写真2・3)。
また、畑の畝を断ち切るように復旧坑が多数見つかっています(写真4)。復旧坑とは、浅間山の噴火に伴う軽石や泥流による災害後に、耕地を復旧するために掘られた縦長の穴で、その中に農地に不要な軽石や大小の石等を廃棄した坑と考えられています。こうした遺構は、これまでも利根川沿いの遺跡で確認されています。
本調査では、いわゆる天地返しと見られる、復旧坑を掘る際に出た土を泥流層の上に堆積させている状況から、この復旧坑の造られた目的が単に耕作のさまたげになる軽石や石を廃棄するためだけではなく、泥流被害にあった耕地を復旧するために耕土を獲得するためもあったと想定できます。もちろん、耕土を獲得する坑に軽石や大小の石を廃棄することで、一石二鳥の効果をねらったものと考えられます。本調査から、当時の人々が泥流被害から復興しようとした切迫した様子を垣間見ることができるのです。

連絡先

下之宮高侭遺跡現場事務所 0270-64-4037


調査区2区全景

写真1 調査区2区全景

天明3年以前に造られた畑跡

写真2 天明3年以前に造られた畑跡(畝間に浅間山噴火時の軽石が積もっています)

天明3年以前に造られた畑跡(軽石除去後)

写真3 天明3年以前に造られた畑跡(軽石除去後)

災害復旧目的で掘られた復旧坑

写真4 災害復旧目的で掘られた復旧坑

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