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群馬の遺跡・出土品発掘遺跡の最新情報

福島味噌袋(ふくしまみそぶくろ)遺跡平成22年10月調査
調査場所

佐波郡玉村町福島地内

調査期間

平成22年6月1日~平成22年10月31日

主な時代

古墳時代~江戸時代

遺跡の内容

福島味噌袋遺跡では、国道354号線(玉村バイパス)建設工事に伴い発掘調査を継続して行いました。本遺跡は玉村大橋南側、県道40号藤岡大胡線バイパス東隣に位置し、近隣には玉村町文化センターのほか玉村町立中央小学校や玉村消防署などが所在します。
10月は調査地の西側から中央部にかけての範囲で、上位から第4面の6世紀初頭の榛名山の噴火により降下した火山灰(Hr-FA)によって埋もれた水田などを調査した結果、梯子(はしご)状に広がる小区画水田の全体が明らかとなり(写真1)、また、その後の洪水で埋もれた奈良時代の溝も発見されました(写真2)。
このうちHr-FA下の水田区画の大きさは縦およそ2~2.5m、横およそ1.5~2mで、長軸は榛名山の方角である北西-南東方向に向けられています。水温を上げ収穫を増やす目的で小区画の水田としていたと考えられます。本遺跡では第1面から第4面においてあわせて65条の溝が確認されました。調査区北東部は溝を境にして微高地となることもわかりました。さらに竈(かまど)が南東壁に敷設された平安時代の竪穴住居の調査を行い(写真3)、調査区東隅で別の竪穴住居の床面の一部を確認しました。周辺は集落となっていた可能性があり、今後の周辺での調査が期待されます。
竪穴住居の北側では規則的に並ぶピットが10基見つかり、2間×3間の掘立柱建物が1棟確認されました(写真4)。柱穴の中には柱痕が見られ、その底部に柱を支えるための石を据えるものもありました。埋没土などから建てられた時期は平安時代と考えられます。4~9世紀頃の遺物が多数出土していた調査区中央東部分では土坑、ピット、溝は確認できましたが竪穴住居などは見つかりませんでした。第4面の発掘調査終了後は旧石器時代の試掘トレンチ調査を行いましたが、該当する時代の遺構や遺物などは見つかりませんでした。
6月から行ってきましたこの遺跡の発掘調査は、10月31日で終了しました。

連絡先

財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団 0279-52-2511


第4面全景空撮(写真上が北)

写真1 第4面全景空撮(写真上が北)

45号溝全景

写真2 45号溝全景

1号竪穴住居全景

写真3 1号竪穴住居全景

掘立柱建物調査風景

写真4 掘立柱建物調査風景

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