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群馬の遺跡・出土品発掘遺跡の最新情報

福島味噌袋(ふくしまみそぶくろ)遺跡平成22年8月調査
調査場所

佐波郡玉村町福島地内

調査期間

平成22年6月1日~平成22年10月31日

主な時代

古墳時代~江戸時代

遺跡の内容

福島味噌袋遺跡では国道354号線バイパスの建設工事に伴う発掘調査を継続中で、遺跡は県道40号藤岡大胡線バイパスの東隣に位置しています。
8月の調査では、中・近世の洪水層で覆われた地表面と、天仁元年(1783)の浅間山の大噴火のときに噴出したAs-Bと呼ぶ軽石で覆われた地表面を検出しました。
中・近世の洪水層で覆われた当時の地表面は、ほとんどがAs-B軽石を多く含む黒色土で形成されていましたが、北東寄りと南東部寄りはおそらくは中世か近世の時期に広い範囲で下位の層まで削られていました。そして北東部で溝や耕作面とみられる段差もみられましたが、明確な水田跡などは発見されませんでした。
8月中旬からはAs-B軽石で覆われた天仁元年の地表面を検出する作業に移りました。東端部を除く南寄りと、北東部以外の区域にはAs-B軽石の堆積が確認されました。しかし浅い溝や大畔(おおあぜ)の一部、そして浅い畔に囲まれた水田区画が一部で確認できただけでした(写真1)。微高地を削ってまで水田を広げていた様子は認められましたが、As-B降下のときに耕作をやっていたかどうかははっきりしません。なお、天仁元年の噴火に伴う火山灰が縞状に分布していたことから、何らかの植物が群生していた可能性や滞水していた可能性が考えられます。
ところで中・近世の洪水層やAs-B軽石を多く含む土で覆われた溝の底から、縄文時代の石槍(いしやり/せきそう)が突き刺さったような状態で出土しました(写真2)。具体的な所属時期は特定できませんが、根元の一部が欠けただけで長さ14cmあまりの黒色頁岩でできた立派な製品です。

連絡先

福島味噌袋遺跡調査事務所 0270-64-3733


As-B軽石下の水田面

写真1 As-B軽石下の水田面

石槍出土状態

写真2 石槍出土状態

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