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群馬の遺跡・出土品発掘遺跡の最新情報

福島味噌袋(ふくしまみそぶくろ)遺跡平成22年6月調査
調査場所

佐波郡玉村町福島地内

調査期間

平成22年6月1日~平成22年10月31日

主な時代

古墳時代~江戸時代

遺跡の内容

福島味噌袋遺跡では国道354号線バイパスの建設工事に伴う発掘調査を行っており、調査区は県道40号藤岡大胡線バイパスの東隣に位置しています。
6月の調査は1mを超える表土の除去にほぼ終始しましたが、一部天明3年(1783)の浅間山の大噴火(通称「浅間焼け」)の後、田畑に降り積もった軽石(As-A軽石)を埋めて田畑を復旧するために掘られた並行する溝や、復旧後の水田などの調査も行いました。調査区の北東部ではこの復旧溝群と水田を検出し、中央部から東寄りでは、復旧溝群の上を集めた軽石で覆った状況が見られました。そして、その西部には復旧工事後に造成された水田が確かめられました。
これらの遺構の土層断面(写真2)の観察などから想定すると、(1)浅間焼けの前には水田が耕作されていた、(2)浅間山の大噴火で軽石が降って付近の田畑が埋没した、(3)軽石を取り除くため、中央から東寄りにあった水田面に南北走行の並行する溝を掘って集めた軽石を埋めた、そして(4)この水田面全体に他の水田に積もった軽石を埋めた、(5)この区画はおそらく畑として利用されたと推定される、一方(6)西寄りにあった水田面に復旧溝は掘らず、東半部の工事が終わったところで東端を削り直して区画を造り、元の水田を再利用した、(7)その際、畔の一部に少量のAs-A軽石を埋め込んでいる、となります。
本遺跡では7月には北東部の他、中部や南西部で発見されたAs-A復旧溝群の調査、そして室町時代の洪水で埋没したと思われる面の調査を予定しています。

連絡先

福島味噌袋遺跡調査事務所 0270-64-3733


北東部のAs-A復旧溝群(中~右)と復旧後の水田(左)

写真1 北東部のAs-A復旧溝群(中~右)と復旧後の水田(左)

北東部のAs-A復旧溝群と水田の土層断面

写真2 北東部のAs-A復旧溝群と水田の土層断面

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