歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

中毛地区総社古墳群と山王廃寺-前橋市総社町 古墳・奈良・平安時代-

総社古墳群は古墳時代の後期から終末期(6~7世紀)のもので、特に7世紀代には県内最大級の古墳が集まっていることで有名です。現在大型古墳としては、二子山、愛宕山、宝塔山、蛇穴山、王山などが残っています。これらはみな横穴式石室をもち、石室のなかに入ることができるものもあります。
山王廃寺は総社古墳群の西にあり、7世紀後半に創建された県内最古の寺院の一つです。遺跡は集落の中にあるので建物の跡などを見ることはできませんが、日枝神社の境内が塔の跡で、精巧な加工がされた塔の心礎が残されています。その他、鴟尾、根巻石などの石製品を見ることができます。

見学案内
関越自動車道前橋インターチェンジより15~20分
電車
JR群馬総社駅から徒歩で古墳巡りができる。
バス
山王廃寺にはバス便(JR前橋駅から日本中央バス 吉岡町行き 総社山王下車 徒歩10分)もあるが、本数は少ない。
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は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

総社古墳群は6世紀から7世紀代にかけて造営された古墳群で、王山(前方後円墳、全長76m)、二子山(前方後円墳、全長90m)、愛宕山(方墳か、一辺55m)、宝塔山(方墳、一辺60m)、蛇穴山(方墳、一辺39m)など、大型古墳が集まっています。特に3基の方墳はこの時期としては県内最大の古墳であり、この古墳に葬られた豪族の力の大きさを示しています。愛宕山・宝塔山の石室内には立派な家形石棺も残されています。
山王廃寺は塔心礎や石製鴟尾、根巻石が残り、緑釉陶器のセット(重要文化財で県博にあります)、塑像(土で造った仏像)が出土するなど、きわめて豊かな内容をもつことで知られています。「放光寺」という文字を刻んだ瓦が出土したことから、山の上碑(高崎市)に記された「放光寺」が山王廃寺であることが分かりました。
総社古墳群と山王廃寺とは造営時期が一部重なっていますので、寺院を造った豪族の墓が総社古墳群であると考えられます。古墳と古代寺院との密接な関連を示すよい例になっています。

もっと知りたい!

総社地区には総社資料館があり、史跡巡りの際は訪れるとよいでしょう。総社古墳群は有名な古墳が多いですから、『群馬県史・資料編3』や『群馬県の史跡・古墳編』(群馬県教育委員会)、『古墳めぐりハンドブック』(群馬県立博物館友の会)など、県内の古墳を扱った本には必ずのっています。詳しくはそちらを参考にしてください。

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