歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

中毛地区茂木古墳群-佐波郡玉村町上茂木 古墳時代-

烏川左岸に広がる玉村町南部の平野部にはたくさんの古墳があります。その内の茂木古墳群には、32基以上の古墳があったことが知られています。また、高崎市の若宮古墳群との間には、角渕(つのぶち)古墳群もあります。現在では宅地化が進んでいますが、この地域の中心的存在ともいえる軍配山古墳や梨ノ木山古墳が、かつての古墳群のなごりを残しています。

見学案内
JR高崎線新町駅から車で10分。
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は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

軍配山古墳 古墳時代前期(4世紀後半から末)に造られた県内でも初期の古墳です。直径が40m前後という大型の円墳で、高さ6mの墳丘はまわりの平野の中でひときわ目立ちます。明治5年、開墾によって偶然見つかった埋葬主体部が調査されました。粘土槨内からは、内行花文鏡2面を初め、硬玉(こうぎょく)勾玉(2)、琥珀(こはく)勾玉(2)、碧玉(へきぎょく)製管玉(36)、刀身、鉄鏃、鉄斧頭が出土しました。西毛地域の河川が合流する地点の平野部に作られた軍配山古墳は、この地域の古墳の幕開けにふさわしい立派な古墳です。
梨ノ木山古墳 5世紀中葉、軍配山古墳に続くこの地方の支配者の墓だと考えられます。直径38m前後の円墳のような姿で残っていますが、発掘調査によって、前方後円墳の可能性が高いことが確かめられました。そうだとすると、現在見られる部分は後円部であって、全長は100m級になると思われます。
最近では、1994年にオトカ塚遺跡台1号古墳(『上毛古墳綜覧』芝根村第2号古墳)が調査され、大型の埴輪群が出土して注目されました。

もっと知りたい!

玉村町大字福島の玉村町文化センター内に、玉村町歴史資料館があります。通史展示コーナーでは、原始・古代からの町の歴史がわかりやすく示されています。古墳時代前期(4世紀後半)から進んだ開発から、茂木古墳群や角渕古墳群が形づくられる古墳時代後期にいたる土器や埴輪を見ることができます。
また、徳川家康をまつる日光東照宮への使者「例幣使(れいへいし)」の通路として整備された例幣使道に発達した、玉村宿・五料宿に関係する展示は充実しています。

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