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群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

東毛地区天神山古墳(てんじんやまこふん)-太田市内ヶ島 古墳時代 -

太田・天神山古墳は、全国巨大古墳26位にランクされる大前方後円墳です。
巨大な墳丘は、自然の丘陵地形を利用したものではなく、平地に土を積み上げて造られたと推定されています。
その大がかりな土木工事を行った支配者の実力がうかがえます。
また、露出している石棺のつくりの立派さからも、天神山古墳は畿内の大王稜クラスの古墳ともいわれます。
どのような豪族が太田周辺の平野をみわたしていたのでしょうか。

見学案内
東武伊勢崎線太田駅から車で約10分
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は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

墳丘の全長は210m、後円部は直径120m・高さ16.5m、前方部は幅126m・高さ11.7mにもなります。さらに中堤をはさんだ二重の周堀をふくめると、なんと長さ360m、幅280mという広大な面積をほこります。近くからは全体がみわたせず、写真を撮るのに困るほどです。2基の陪塚(ばいちょう)もみられます。
三段築成された墳丘には渡良瀬川水系の石が葺(ふ)かれています。埴輪類は後円部下位の平坦面に円筒埴輪が確認されていますが、全体のようすはわかっていません。主体部は盗掘された可能性があり、凝灰岩製の長持形石棺の底石が後円部東南側に露出しているのが見られます。大形の縄掛突起(なわかけとっき)を持つ立派な作りの石棺です。
天神山古墳は、墳丘の形態や石棺の技法等から5世紀中葉から後半に造られたと考えられています。
なお、1941年(昭和16)には国指定史跡となっています。

もっと知りたい!

女体山古墳 天神山古墳とほぼ同じ時期に造られた帆立貝式の古墳です(右上の写真墳)。丘部の直径は84m、創り出し部を含めた全長106m、高さは7.3mあり、帆立貝式としては全国でも大きな古墳といえます。
女体山古墳は、天神山古墳の北東に同じ向きで並んでいます。また、大きさなどをくらべると、2つの古墳は共通した企画で造られていることがわかっています。

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