歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

東毛地区西山古墳(にしやまこふん)-太田市藪塚町 古墳時代-

群馬県は古墳の多い県として知られ、その数はかつて約1万基あったとも言われています。西山古墳がある所から南東方向に約10km離れた場所には、県下最大級の大きさを誇る前方後円墳の太田市天神山古墳があります。規模は違いますが西山古墳同様にその地域を治めた有力者が埋葬されたお墓です。
これだけのおおがかりな施設を造るには、大勢の人々の力を借りなければ決して実現はされなかったことでしょう。それを成し遂げたということは、古墳に納められた有力者が、どれだけ大きな権力をもっていたかをうかがい知ることができます。残念なことに、古墳には今のお墓のように死んで埋葬された人の名前は刻まれてはいません。ですから何という名前の人が埋葬されたかは知ることができませんが、特別な階級の人たちであったということだけは確かなようです。西山古墳は県指定史跡となっています。

見学案内
電車
西山古墳を見学するには、東武線の藪塚駅を降りて、駅前通りを北に向かって進みます。一つ目の信号「藪塚」を右折して、踏み切りを渡り500mぐらい行ったY字路から約80m登った所に西山古墳があります。所要時間は徒歩で約15分です。さらにY字路から北方約1kmの所に、同じく県指定史跡となった円墳の北山古墳があります。所要時間は駅から徒歩で約30分です。
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は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

西山古墳は、新田町の東部から太田市の北部に広がる「八王子丘陵」と呼ばれる小高い尾根の標高110mの西側斜面に造られた前方後円墳です。前方後円墳とは、その名が示すとおり、前方部が方形、後方部が円形の形をしている「鍵穴の形」をした古墳のことを言います。この東西方向の向きに造られた西山古墳の大きさは、全長が34m、後円部の直径が18m、高さが4m、前方部の幅が20m、高さ2mで、この大きさは前方後円墳としては比較的小さなものと言えるでしょう。また、古墳の盛土表面に貼られた石の並びはなく、埴輪の列が前方部の先端部と裾部でわずかに確認されました。
死者を納めた石室は、天井に大きな変成岩と呼ばれる石を使い、その他は凝灰岩というすぐ近くで採れる通称『藪塚石』を使って造られていました。また、南側に入り口が開いている石室は、朝鮮(高句麗国)から伝わった「ものさし」(一尺=35㎝)を使用して造られたものと言われています。古墳の造られた時期は、6世紀の終わりごろと考えられています。西山古墳がある地域は、「湯之入古墳群」と言って、今でこそ数少なくなってしまっていますが、かつては多くの古墳があちらこちらに造られた地域として知られています。夏場は草木がうっそうと生い茂り見学しづらいですが、今でも石室内部を間近に見ることができます。

もっと知りたい!

群馬県教育委員会が編集した『群馬県の史跡』の古墳編に、西山古墳のことや北山古墳のことが書かれています。

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