歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

東毛地区彦部氏屋敷(ひこべしやしき)-桐生市広沢町 鎌倉、室町、江戸時代-

桐生市街地の南、広沢町に彦部氏屋敷はあります。平成4年に国の重要文化財として指定されました。
彦部氏屋敷は室町時代に武士の屋敷として作られたもので、大きな門を作り、土でできた塀と地面を掘りくぼめた堀で屋敷を囲み、敷地内に神様をまつっているところからもその様子がうかがえます。 彦部氏は鎌倉時代には、陸奥国(今の岩手県)の領主を勤め、室町時代には代々の足利将軍に仕えていました。 この桐生の地には、1561年に 彦部信勝が移り住んだといわれています。その屋敷が代々受け継がれ 武家屋敷として整備されてきました。 この屋敷の敷地は南北約130m、東西約160mのほぼ正方形で、主人が住む屋敷と門は江戸時代に建てられたもので、今も残る民家としては大変古く貴重な建物です。

見学案内
国道50号広沢町5丁目の信号を入って、すぐ山沿いの道を大田方面にしばらく走ると右にあります。 看板が立っているので目印にするとよいでしょう。
バス
JR桐生駅から、おりひめバスで広沢町6丁目下車、山沿いに徒歩10分です。
地図を表示
は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

この屋敷の西には手臼山と呼ばれる山があり、そのふもとに彦部氏屋敷はあります。この地形を利用して鎌倉時代、この屋敷周辺は城として整備されていたようです。
「城」というと、イメージとして大阪城や名古屋城など、大きな天守閣があるものが浮かびますが、もともと城というのは、城主が日常生活する屋敷と、戦いのときに立てこもる場所が離れているものが一般で、次第にそれが一つになり常に戦いに備えられるようになって、大阪城などの大きな城へと発展してきたのです。
この屋敷周辺は彦部信勝が移り住む前から、その古いタイプの城として整備されていたようです。その頃の城主は、戦いの時には手臼山を立てこもる城として、そうでないときはふもとの 屋敷に住んでいたようです。

もっと知りたい!

「彦部家の歴史」という本が出版されています。桐生市の図書館等に行くと借りることもできます。内容は彦部家の先祖の話から、屋敷の構造まで詳しく載っていますので、もっと彦部家について知りたい方はぜひ読んでみてください。
また土、日曜は屋敷の中も見学できます。他にも土蔵や織物工場の建物などもあるので、ぜひ行ってみてください。
また群馬県にある古い民家として、 彦部家の他に富岡市に茂木家があります。茂木家は 彦部家より、さらに100年ほど古い室町時代の建物といわれています。

前ページへ戻るページトップへ戻る