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群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

東毛地区赤城塚古墳(あかぎづかこふん)-邑楽郡板倉町西岡字赤城塚 古墳時代-

邪馬台国の女王・卑弥呼が中国から与えられたとされる「三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)」の一種である青銅製の鏡が江戸時代に出土しています。

見学案内
電車
東武日光線藤岡駅下車し、車で10分。バス停「西丘神社入り口」から北西方向に歩いて5分。
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は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

鏡の出土した赤城塚古墳は、群馬県と栃木県の境にある藤岡台地の南西の端に立地しています。現在その北部を渡良瀬川が流れていますが、古墳の造られた時代には、渡良瀬川は古墳の西から南にかけて流れていたと想定されています。古墳は直径30m、高さ3~4mの円墳と推定され、江戸時代の延宝5(1677)年、赤城神社の社殿を建てるため、古墳の高い部分を平らにした時、遺体を葬った場所が壊されたと考えられ、鉄刀や鉄剣とともに鏡が出土しました。
鏡の縁の断面形が三角形で、像を移す鏡の反対の面に中国の神の像と想像上の獣の像が交互に4体見られます。神像の内の3体は仏像とも見られ、「三角縁仏獣鏡」とも呼ばれています。
現在、赤城神社は西丘神社に合わせられ、鏡は西丘神社に移管され、板倉町教育委員会で保管しています。西丘神社の境内には、鏡の出土した経緯や鏡の文様などの記された石碑が建てられています。
この古墳は、群馬県から栃木県にかけての渡良瀬川中流域を治めた、古墳時代初めのころの首長の墓と推定されます。

もっと知りたい!

この古墳の北部を流れている渡良瀬川の対岸(栃木県佐野市)では、最近古墳時代前期の集落や墓が調査されています。渡良瀬川の堤防の上から対岸を望み、当時の様子を考えてみてください。

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