歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

西毛地区千駄木岩陰遺跡跡(せんだぎいわかげいせき)-安中市松井田町西野牧 縄文時代-

縄文人たちが、集落から遠く離れた山奥へ狩猟に出かけたときに、自然にできた高さ7mほどの大きな岩陰の下で、休憩や宿泊などの一時的なキャンプをしたと考えられる遺跡です。昭和48年(1973)に発掘調査され、縄文時代前期から晩期にかけての土器、石器や火を焚いた炉跡とともに、動物の骨なども見つかっています。
昭和50年(1975)に県指定史跡となり、発見時の状態のまま保存されています。

見学案内
碓氷・軽井沢インターチェンジより県道松井田軽井沢線(92号線)を松井田方面へ5分
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は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

旧石器人たちは、ナウマンゾウやオオツノシカなどの大型動物を沼地や湿地などで狩猟しながら移動生活をしていましたが、縄文人たちは土器や弓矢を使用するとともに、竪穴住居を構えた集落で定住的な生活を始めました。
自然の岩陰や洞窟をキャンプ地として利用するのは、旧石器時代にもわずかに見られますが、縄文時代のほうがはるかに多く、しかも断続的ながら長期間にわたって使っています。
縄文人たちは、シカ・イノシシ・クマなどの獲物を求めて狩猟地の範囲を山奥へと広げるようになりますが、定住生活を維持するためには獲物を集落に持ち帰らなければなりません。
そこで、日帰りできない山奥の狩猟に出かけたときには、一時的に寝泊まりできる場所の確保が必要になりました。雨や夜露をしのぐのに、洞窟や岩陰は格好の場所だったのでしょう。
こうした自然のキャンプ地は、縄文人たちの狩猟システムの中に巧みに組み込まれ、動物棲息地の情報や狩猟技術とともに親から子供へと受け継がれていったと考えられます。
山奥の木々の間に見え隠れする岩肌を、まるで神々がえぐったかのようにポッカリと口を開けた千駄木岩陰遺跡に立つと、今日のイノシシ狩りの手柄話や明日の狩りの相談などをする縄文人たちの声が聞こえてくるようです。

もっと知りたい!

県内で見つかっている縄文時代の岩陰遺跡や洞窟遺跡は、およそ10箇所ほどが知られていますが、有名なものとしては千駄木岩陰遺跡の他に長野原町の石畑岩陰遺跡と桐生市の不動穴洞窟遺跡があります。いずれも山中のかなり急な斜面に位置していますが、その近くまで行って様子を観察することはできます。また、千駄木岩陰遺跡や石畑岩陰遺跡から出土した土器や石器は、当事業団で見学することができます。

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