歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

西毛地区神保古墳群(じんぼこふんぐん)-多野郡吉井町神保 古墳時代-

吉井町南部には「甘楽の谷」を流れる鏑川が形成した河岸段丘が発達しています。段丘の上位面は小河川によって分断された舌状の台地となっていて、古墳時代の集落や古墳群がたくさん分布しています。
神保古墳群も大沢川左岸の台地上に広がります。かつては100基前後の円墳が点在していましたが、現在は大半が失われています。

見学案内
電車
上信電鉄吉井駅から徒歩40分
地図を表示
は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

1958年の一本杉古墳の調査では、横穴式石室や埴輪の様子がわかっています。1993年にも多胡村95号墳の試掘調査が行われるなど、6世紀から7世紀にかけて展開した古墳群の様子が明らかになってきました。
神保古墳群の古墳を歩くと、たくさんの棒のように細長い石が葺石(ふきいし)に使われているのが見られます。これは、東側の谷を刻む大沢川の川原の石を運んだものです。これは、石室にも用いられます。他に有名な牛伏砂岩も石室をつくるのに使われるのが周辺の古墳群の特徴といえます。

もっと知りたい!

城古墳は墳丘の残りが悪く詳細は不明ですが、直径8m内外の古墳と考えられます。主体部はほぼ南に開口する横穴式石室です。副葬品は、県内でも他に例のない「立鼓柄共鉄造太刀(りゅうこづかともがねつくりのたち)」が注目されます。7世紀末から8世紀初頭の古墳です。
谷をはさんだ神保下條遺跡の発掘調査では、多数の形象埴輪が樹立された小円墳の様相がわかりました。下條2号古墳の埴輪は復元されて、現在発掘情報館の2階展示室で見ることができます。

前ページへ戻るページトップへ戻る