歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

北毛地区南下古墳群-北群馬郡吉岡町南下 古墳時代-

吉岡中学校の南側の丘の上にある古墳群です。このなかで、A号からE号という名前を付けられた5基の古墳を紹介しましょう。
いずれも、古墳時代後期のもので、横穴式の石室に死んだ人を納めるようにつくられています。ところが、それぞれの古墳で石室のつくり方や形、使っている石が違っています。
A号古墳とE号古墳は、A号古墳のほうが大きな石室ですが、つくり方はよく似ています。榛名山が噴火の時にふき出した軽石を、四角く削って組み合わせ、その上に白い「しっくい」をぬって石室を仕上げています。
B号古墳は、主に自然の石を使って石室を組み立てていますが、四角く削った石も少し使われています。
C号古墳とD号古墳は、ともに自然の石を積んで石室をつくっていますが、形が違います。C号古墳は、入り口から奥の部屋まで、全体が細長い長四角になっていますが、D号は細長い入り口通路と幅の広い奥の部屋のさかいに門があって、二つの部分がはっきり分かれています。
A号とB号の2基が1993年に町の史跡に指定されています。

見学案内

吉岡中学校の南側にあたります。D号古墳以外は石室を見学することができます。
石室の中に入るときは、けがなどのないように、十分注意してください。
また、壁の石などをこすったり、傷つけたり、落書きすることは絶対にやめましょう。
渋川駅から高崎駅行き、高崎駅から渋川駅行きのバスで、「南下」下車、徒歩10分ほどです。A号古墳のところに、案内板があり、解説パンフレットがおかれています。

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は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

A号古墳とE号古墳の壁をよく見てみましょう。奥の部屋の壁に、赤い、細い線が描かれているのがわかりますか?
この2基の古墳の石室は、榛名山の軽石を削って四角い形に整え、これを組み合わせてつくっています。もとの軽石は、大きさが違いますから、できあがる四角い石も砂馬ざまな大きさです。これらを組み合わせて、しっかりした石室をつくるためにはいろいろな工夫が必要でした。
壁の石には、隣り合う石と大きさを合わせるために、切り込みを入れたものがあります。この赤い線は、こうした石を組み合わせるときの目安になる線だったのです。全国的にも例がほとんどない、古墳時代の設計技術をあらわしたものなのです。

もっと知りたい!

古墳に残された赤い線については、松本浩一・桜場一寿・右島和夫「截石切組積横穴式石室における構築技術上の諸問題」上・下(『群馬県史研究』11・13 1980・1981)という論文にくわしく書かれています。専門的な論文ですが、図を見ながら石室を観察すると、赤い線のようすがよくわかります。
また、この古墳の周辺、大字南下には、あわせて100以上の古墳があったそうです。古墳群のすぐ東には、上野国三宮神社という、古代から続く神社があります。近くには大久保A遺跡など、古墳時代から古代にかけてのムラの遺跡も多く、それぞれが深い関係を持っていたものと考えられています。

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