歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

北毛地区熊倉遺跡-吾妻郡六合村入山 平安時代-

草津白根山のふもと、標高1000mをこえる高冷地にある平安時代の村の遺跡です。
1100年ほど前に、竪穴住居がいくつか作られた、小さな村でした。
この遺跡は、「ちょっと見てこよう」というわけにはいかない場所にあります。
六合村の役場からでも、一時間ほど車を走らせなければなりません。
細くて曲がりくねった道のつきあたりに、ちょっと開けたキャベツ畑があります。
ここが熊倉遺跡です。もうこの先には道がありません。
キャベツ畑の片隅にある木立の中に、県の史跡として保存されている8号住居の浅いくぼみと、説明板があります。
熊倉遺跡にたどり着いたあなたは、きっと考えてしまうことでしょう。
平安時代の人は、何でこんな、遠い山の中で暮らそうと思ったんだろう?

見学案内
六合村役場から車で1時間ほど、草津温泉から40分
品木ダム方面から、鋼管休暇村を過ぎて農道突き当たりにあります。
キャベツ畑の奥の小さな木立の中に、説明版があります。
地図を表示
は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

竪穴住居は、地面を掘り下げてつくります。
普通の遺跡では、その後、畑地や住宅地になっていることが多く、竪穴住居はうまり、埋まった土も畑の土といっしょに、平らにならされてしまっています。
ところが、熊倉遺跡では、竪穴住居をつくるときに掘った穴が埋まりきらずに、くぼみになって今でも残っているという、めずらしい遺跡です。
北海道では、こうしたくぼみが見られる遺跡があるそうですが、本州では、ほとんど知られていません。
群馬県の史跡に指定されている8号住居は、木立の中にあるために、今でも、住居の跡がくぼみんでいるようすがよくわかります。
熊倉遺跡の近くにも、今では何軒かの農家があって、花豆やキャベツの畑があります。
でも、この農家は、第2次世界大戦のあとで、ここを開拓するために引っ越してきた人たちの家です。
平安時代の村がなくなってからはずっと、ここには人が住んでいなかったのです。
ですから、人の力が加わらずに、自然の力だけで、ゆっくりゆっくり、たて穴住居に土がたまっていったのでしょう。
このために、いまでもくぼみが残っているのだろうと考えられています。

もっと知りたい!

吾妻郡六合村入山字松岩にあり、草津白根山麓の標高1000mを超える高地に立地しています。草津町の井堀遺跡などとともに、田んぼを作らない村、「山棲み(やまずみ)集落」と考えられている遺跡です。

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