歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品群馬の遺跡案内

北毛地区勘場木石器時代住居跡-吾妻郡長野原町大津 縄文時代-

長野原から草津温泉に向かう国道292号線。
この道から少し東にそれた台地上に遺跡はあります。
昭和28年、土地の所有者が開墾(かいこん)作業をしていたところ、地中から土器のかけらが出てきました。これが遺跡発見のキッカケです。
その後、発掘調査がなされ、縄文時代中期の竪穴住居がまるまる1棟発掘されました。 今でこそ縄文時代の住居跡の発見は少なくありませんが、当時はとても貴重な発見であり、昭和30年には県指定史跡に指定されました。
現在では覆い屋ができ、窓から見学できるようになっています。

見学案内
長野原草津口駅より10分
バス
長野原草津口駅よりJRバス関東 長野原発草津温泉行き 上大津下車、徒歩2分

遺跡の前の道は大変狭い道になっています。近くに駐車場はありません。
見学するときは国道沿いに車を止めて歩くのがよさそうです。

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は遺跡の位置を表しています。
ここがポイント

縄文時代中期の終わりごろ、関東地方と長野県を中心とする地域では、それぞれ違う文様をつけた土器が使われていました。
それでは、勘場木遺跡ではどんな土器が使われていたのでしょうか。
勘場木遺跡では、長野方面の流れをくむ土器が大半を占め、関東地方の土器はすこし出土しただけです。
土器から見ると、この遺跡では、長野方面との結びつきが非常に強かったといえそうです。
現在でも長野原町や嬬恋村に住んでいる人は、買い物に行くときに渋川市や前橋市に出るよりも、長野県の上田市や軽井沢町に行くことも多いようです。
縄文時代の遺跡のあり方を考えるときには、現在の県や町といった行政区分よりも、川や山といった地形的な要素を考えることも大事な見方となっています。

もっと知りたい!

竪穴住居は直径4.5mのほぼ円形で、中央に70cm×60cmの長方形の炉があります。
柱の穴は12ヶ所見つかりました。
住居の時期は縄文時代中期の後半にあたります。
遺物は深鉢や浅鉢などの土器をはじめ、石棒の破片、打製石斧(せきふ)、磨石(すりいし)などが出土しています。

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