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Q&Aよくある質問と回答

縄文人は、何を食べていたの?
縄文時代の食物と遺跡
今井見切塚遺跡出土の炭化ドングリ
縄文時代には、本格的な米作りは、まだはじまっていませんでした。
木の実や果実、野草などの植物を集め、野山に動物を追って狩りをしたり、川で魚や貝をとって食べていたのでしょう。
特に、ドングリやクリ、クルミ、トチの実などが、大切な食料だったようです。
発掘調査された遺跡からは、ドングリがたくさん見つかったり、動物の骨が見つかったりすることがあります。
クッキーのような形の食べ物が見つかった遺跡もあるそうです。
どんな動物の肉を食べたんだろう。
神保植松遺跡(じんぼうえまつ)の縄文土器
右の写真の土器の上の方についている動物はなんだかわかりますか?
よーく見ると、豚の鼻のような形をしていますね。そうです!
これは、縄文時代のイノシシの顔を表しているのです。
この土器は「イノシシがたくさんとれますように!食べ物がいつまでもなくなりませんように!」と縄文人が願いを込めて作ったのかもしれませんね。
群馬の縄文時代の遺跡では、縄文人が狩りをしてとらえた、イノシシやシカの骨が発見されることがあります。
桐生市の千網谷戸(ちあみがいと)遺跡の住居の跡からは、たくさんの動物の骨が見つかりました。イノシシやシカが圧倒的(あっとうてき)に多いのですが、他にもツキノワグマ、サル、キジ、ヤマドリの骨もありました。
また、吾妻郡長野原町の石畑岩陰(いしはたいわかげ)遺跡でも、イノシシ・シカ・ツキノワグマ・キジの骨が見つかっています。
現代人も豚、牛、鶏などいろいろな動物の肉を食べますが、縄文人は、現代以上に、いろいろな動物の肉を食べていたのですね。
シカやイノシシを、どんなふうにつかまえたんだろう?
長野原一本松遺跡の石鏃
吾妻郡の長野原一本松遺跡(ながのはらいっぽんまつ)からは、数多くの石鏃(せきぞく)という石で作った弓矢の先が見つかっています。
このことから、縄文人は、おもに、弓矢を使って動物の狩りをしていたことがわかります。弓矢の発明は、すばやく動く小動物や鳥をとるのにはとても役立ちました。
また、陥(おと)し穴も多くの遺跡から見つかります。陥し穴には、ただ穴を掘っただけのものや、逆茂木(さかもぎ)という動物を動けなくするための木を2~3本、穴の底にさすものもあります。
陥し穴【中山与惣平衛塚(なかやまよそべいづか)遺跡】 逆茂木で動けないイノシシ
どんな木の実を食べたんだろう?
下の写真の黒いものは何でしょうか?
これは、安中市の行田大道北(おくなだだいどうきた)遺跡で見つかった、縄文時代のドングリなどの木の実で作られた、クッキー状の食べ物です。何千年もの長い間、土の中に埋まっていたので、炭のようになってしまいましたが、作った当時はどんな味がしたのでしょうね。一度、食べてみたいですね。
群馬の縄文時代の遺跡からは、ドングリなどをすりつぶすために使用した石皿やすり石がたくさん見つかっています。この遺跡からも、縄文クッキーを作った石皿やすり石が見つかりました。
クッキー状の食べ物(安中市教育委員会蔵)
桐生市の金竜台(きんりゅうだい)遺跡では、貯蔵穴(ちょぞうけつ:木の実などをたくわえる穴)が見つかっており、中からクリが発見されました。また、千網谷戸遺跡では、炭化したオニグルミなども見つかっています。
このように、縄文人は、秋の山や野原でとれる、木の実を食べていたこと、たくさんとれた木の実を貯蔵穴にたくわえていたことがわかります。
また、遺跡からは見つかっていませんが、季節にとれるワラビやフキ、キノコなども食べていたのでしょうね。
どんな魚、貝を食べたんだろう?
■どんなふうに、つかまえたんだと思いますか?
行沢大竹(なめざわおおたけ)遺跡
安中市
・石錘(せきすい)
・土錘(どすい)
縄文時代の遺跡からは、石や土で作った錘(おもり)が 発見されることがあります。
このことから、縄文時代には、網(あみ)をつかった漁(りょう)をしていたことがわかります。群馬の遺跡からは発見されていませんが、骨で作った釣り針やモリ、ヤスなどを使っていたことでしょう。
■どんな貝を食べたのだと思いますか?
みなさんは、『貝塚』って知っていますか?貝塚は、縄文時代のゴミ捨て場で、貝殻・土器・動物の骨などがつもってできます。その貝塚が海なし県「群馬」にもあります。今から6,000年ほど前の縄文時代前期に、気候が暖かくなり、鶴のくちばしの付近まで海が入り込んできたのです。これを縄文海進といいます。板倉町の離山貝塚、寺西貝塚では、海の水と川の水が混ざる場所に生きる、ヤマトシジミを中心に、ハイガイ、アカニシ、シオフキ、ハマグリ、カキなどの貝が発見されています。
■自然からのおくりものを大切にいただく!
縄文時代の人々は、春から夏はワラビなどの山菜、秋はドングリなどの木の実、サケ・マスなどの魚、冬はシカ・イノシシなどと・・・それぞれの季節に応じた食料をとっていたのです。
そして、驚くことに、縄文人は、食料がなくなったときのために食料を保存する(たくわえる)工夫も行っていました。貯蔵穴には木の実をたくわえ、動物や魚の肉は、干したり、蒸したりして保存がきくようにしていました。
このように、縄文人は、季節ごとの自然からのおくりものを大切にして、暮らしていたのです。
■コラム
千網谷戸遺跡のイノシシの骨を調べてみると、メスと子供が多いことがわかりました。
普通は、イノシシが絶滅しないように(自分たちの食料がなくならないように)、メスや子供は捕らないのですが、この地方に、何か差し迫った食糧事情があったのかもしれません。(今から約3,000年前)

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