弥生時代
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台付き坩(だいつきかん)
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だいつきかん
■時 代弥生時代末期〜古墳時代前期
■出土地沼田市赤坂遺跡
■寸 法高さ19.2p
■保管等沼田市教育委員会
 安定感のある台の上に大きい「く」の字の坩(小さな壷)と、外に開く長いくびをもつ土器である。表面をよく磨き、赤い顔料で彩色を施している。顔料はくびの内側上部と外側全体、および坩の上下と脚に縦方向に施している。
 土器の土や焼き具合もよく、赤く彩色してあることなどから、ほかの土器の用途と異なった、祭祀(さいし)や呪術(じゅじゅつ)などに用いられていたと考えられる。
 一緒に出土した上の土器のように樽式土器群の文様は、櫛状の工具で波模様や簾状の文様を中心に描いている。だが、弥生時代も末期になってくると、この住居跡の土器のように、古墳時代初頭に通じるような土器が交じってくる。一つの住居跡を調べることで、弥生時代から古墳時代へ移り変わろうとする、壮大な時代の流れを垣間見ることができる。

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壺形土器(つぼがたどき)
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つぼがたどき
■時 代弥生時代後期
■出土地渋川市中村遺跡1号礫床墓付近
■寸 法高さ32.7p
■保管等渋川市教育委員会
 重心が低く安定感があると同時に、繊細さと上品さを漂わせる土器である。
 表面は良く磨かれ、胴上部の文様部分を除く全面に、赤く塗った跡が見られる。文様は櫛目で平行する三筋を描き、その間を連続した「ハ」の字文様で埋めている。この「ハ」の字も赤く塗られている。
 口は外側に三本の線を巡らし、三本単位の棒状の粘土ひもを貼り付け、内側は受け口に削り出し、連続した「ヘ」の文字を巡らせている。
 このような形の土器は、その優雅さから「パレス・スタイル」と呼ばれている。東海地方を中心に出土するが、群馬県でもいくつかの遺跡で出土例があり、東海地方の影響があったことを示している。
 中村遺跡でも有馬遺跡と同じように石を敷きつめた墓が発見され、その一角からこの土器が出土した。東海地方から信濃を経て本県にもたらされたこの土器は、ムラオサの愛用品か、それとも何かの記念品だったのだろうか。死とともに埋められたのであろう。

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