古墳時代
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七鈴鏡(しちれいきょう)
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.しちれいきょう
■時 代
6世紀
■出土地
高崎市下佐野西光寺隣接地
■寸 法
直径10.8p
■保管等
高崎市西光寺
 鈴鏡は、縁に4個から10個の鈴を飾り、鏡背の模様は獣形のものが多く、関東、中部地方の後期古墳から発見されることが多い。県内から出土している巫女(みこ)をかたどった人物埴輪の腰につったものがあり、祭祀(さいし)儀器として用いられた可能性が高い。
 この鏡は西光寺南の古墳の盛り土を、昭和初年の道路工事に伴い崩したときに出土したと言われている。中国製の鏡をまねて国内で作られた鏡(●製鏡=ぼうせいきょう)で、鏡の回りに7つの鈴が付いている。また、鏡背の模様は、神仙・獣形・珠文・蕨手(わらびて)文などが施されており、同時期の●製鏡と共通している。
 今なお、鈴の音色はさわやかであり、古代の響きを感じることができる。 (神戸聖語)
 ※●にんべんに方
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金銅製単龍環頭大刀(こんどうせいたんりゅうかんとうたち)
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.こんどうせいたんりゅうかんとうたち
■時 代
6世紀後半
■出土地
桐生市加茂神社塚古墳
■寸 法
高長さ8.8p
■保管等
桐生市教育委員会

 この環頭大刀は金銅製であるが、環の部分は磨滅し鍍金(メッキ)がかなり失われてしまっている。しかし、首の部分には鱗(うろこ)状の文様が丹念に打ち込まれており、本来はこの柄頭(つかがしら)がていねいに仕上げられたことがうかがえる。
 古墳時代の鍍金は、金アマルガム(金と水銀の合金)を用いた「金アマルガム法」であったと考えられている。本体を銅や青銅で作り、その表面に金アマルガムを塗布したあと、熱を加えて余分な水銀を蒸発させると、金だけが残り表面が金色になる。これを研いで仕上げたものが金銅製品である。
 古墳時代の人々には、金と同じように光り輝く金銅製品が大のお気に入りであったらしい。大刀だけでなく冠などの装身具、容器、馬具など、多種多様な金銅製品が製作された。
 柄頭の内側に描かれた龍は、口に玉を含んでいるので、鳳凰(ほうおう)の可能性も残している。
  (徳江秀夫)

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馬形埴輪(うまがたはにわ)
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.うまがたはにわ
■時 代
6世紀前半
■出土地
太田市藤阿久
■寸 法
高さ79p
■保管等
太田市教育委員会
 この馬形埴輪は、首から尻(しり)にかけて欠損部が多く、胸繋(むながい)とその鈴などを復元した個所もあるが、背に鞍をのせ、杏葉(ぎょうよう)や雲珠(うず)など飾り金具の付いた馬具を装備しており、いわゆる「飾り馬」と呼ばれる類に属する。胴は短く、足は円筒状に変形して作られているが、顔はそれに比べて写実的である。鬣(たてがみ)は大きく、きれいに切りそろえている。顔の原型は「円筒側板作り」であり、耳穴・目・鼻は円形に穴を開け、口は閉じずに楕円(だえん)形に開く。面繋(おもがい)に大きな辻(つじ)金具を表し、轡(くつわ)の両端にはf字状の鏡板を付けている。鏡板は写実性に富んでおり、円形粘土粒を貼り付け、小さな鋲(びょう)までも表現している。鐙(あぶみ)は輪鐙で、蹄(ひずめ)も表現している。
  四足は前傾し、今にも歩き出しそうであるが、黄泉(よみ)の国へと誘ったのであろうか。それとも黄泉の国における乗り物として供えられたのだろうか。群馬では馬形埴輪は特に多くの古墳で樹立されており、埴輪祭祀における馬の存在意義は大きい。 (宮田 毅)

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