古墳時代
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五鈴鏡(ごれいきょう)
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.ごれいきょう
■時 代
7世紀前半
■出土地
昭和村川額軍原I遺跡
鍛屋地2号古墳
■寸 法
直径9.5cm
(鈴部分を含まない)
■保管等
昭和村教育委員会
  利根川の右岸に形成された古墳群のなかで、最も大きい円墳(径約20m)の横穴式石室から、豊富な副葬品とともに出土した。
  この鈴鏡には5つの鈴が付いているので、五鈴鏡という。内区の文様は6個の乳(にゅう)が均等に配され、間には唐草文が描かれるが、ずいぶん形骸(けいがい)化したものとなっている。またその外側に配される鋸歯文(きょしもん)も簡略化されたものである。
  鈴鏡は、鏡の縁に鈴をつけたもので、日本のみでしか発見されないことから、日本で独自に成立したものと考えられている。付けられる鈴の数は、4から10個の間である。古墳時代後期を中心に製作されたもので、関東地方からの出土例が多いことが特徴の一つである。塚廻り古墳群や大泉町古海(こかい)出土の巫女(みこ)埴輪の腰に下げられている。祭儀のなかで巫女が体をゆすって踊ることにより、鳴らしたのであろう。鈴鏡の占める位置が大きかったことがわかる。
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承台付き銅鋺(しょうだいつきどうわん)
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.しょうだいつきどうわん
■時 代
6世紀末葉
■出土地
高崎市観音塚古墳
■寸 法
高さ14.6p
■保管等
高崎市教育委員会
 終戦間近の昭和20年に地元の人たちが古墳に防空壕を掘ろうとしたところ、未盗掘の石室に遭遇し、豪華で豊富な副葬品が大量に発見された。なかでもこの銅鋺は、当時の金工技術の水準の高さを物語る優品であり、これまでの古墳文化の中には見られなかったものである。
  蓋(ふた)・鋺・承台の三つの部品から構成されており、いずれも鋳銅製でろくろを使って薄く形を整えている。成分的には、銅・錫(すず)・鉛の合金であり、本来の色調である金色が、内面で観察できる。奈良時代に佐波理鋺(さはりわん)あるいは響銅(さはり)と呼ばれたものに通じる。
  この時代の畿内には、朝鮮半島から仏教が伝えられ、寺院の建立も盛んに行われていた。この銅鋺も新たに日本に渡ってきた、仏教文化にかかわる技術者によって製作されたものと考えられている。群馬県に仏教が入ってくるのは7世紀の中ごろ以降と考えられるが、その影響を受けた品々はすでにこの時期に入ってきていたのである。国指定重要文化財。
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金銅製心葉形透彫杏葉(こんどうせいしんようがたすかしぼりぎょうよう)
鉄地金銅張花形杏葉(てつじこんどうばりはながたぎょうよう)
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.こんどうせいしんようがたすかしぼりぎょうよう.てつじこんどうばりはながたぎょうよう

■時 代
6世紀末葉
■出土地
高崎市観音塚古墳
■寸 法
幅11cm(透彫)
幅12.5cm(花形)
■保管等
高崎市教育委員会 

 

 『日本書紀』によると、推古14年(606)に完成した丈六(じょうろく)の大仏を飛鳥寺に安置しようとしたところ、大きすぎて堂に入れるのに困難を極めたが、この製作にたずさわった鞍作鳥(くらつくりのとり)の機転により無事納めることができた。鞍作氏は6世紀に朝鮮半島からきた渡来系氏族で、この時期は金銅像などの鋳造に高い技術力を発揮した。その氏名からして、当初は馬具などの製作にもあずかっていたのであろう。当然、杏葉をはじめとする鋳銅製品の製作にもたずさわった。
  6世紀後半から7世紀にかけては、仏教文化の各分野において朝鮮半島からそれぞれのエキスパートがやってきた。観音塚古墳の金銅製の杏葉も、このような新来の技術に由来する製品の一つであろう。その形状や内面の透かし彫りのモチーフは、飛鳥仏の光背に通じる。
  洗練された新来の技術がうかがわれる透彫杏葉にくらべると、鉄地金銅張杏葉は従来の技術的伝統の延長上で製作されたものと考えられる。国指定重要文化財。
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銀製鶏冠頭大刀(ぎんせいけいかんとうたち)
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.ぎんせいけいかんとうたち
■時 代
6世紀末
■出土地
高崎市観音塚古墳
■寸 法
全長48cm
■保管等
高崎市教育委員会
 古墳時代、金銅製の大刀が多数つくられる中、観音塚古墳出土の大刀3振りはいずれも銀製である。その中でもここに掲載した大刀は全国でも数点しかみることのできない珍しい形をしている。  
  「鶏冠頭大刀」という名前は柄頭(つかがしら)の形が、一見して鶏の鶏冠に似ているところからつけられたものである。鶏の首のようにも見えるところから「鳥首(とりくび)大刀」とも呼ばれたこともある。しかし、この形の実際のモデルとなったものは、西方に起源をもつパルメットという文様で、ヤシの木の扇のように広がった葉を図案化したものと言われる。
 黒漆塗りの鞘(さや)に納められていたとされるこの大刀は、全長48cmと古墳時代の大刀の中では小さな部類に入る。薄く打ち延ばした銀板に透かしをもうけ、鑞(ろう)付けしてつくられた柄頭(つかがしら)には、金銅製環頭大刀のような華やかさはないが、洗練されたデザインとそれを実現させた金工技術の高さを十分感じ取ることができる。国指定重要文化財。 (徳江秀夫)
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五鈴鏡(ごれいきょう)
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.ごれいきょう
■時 代
6世紀末葉
■出土地
高崎市観音塚古墳
■寸 法
直径10.7cm
■保管等
高崎市教育委員会
 観音塚古墳からは全部で4面の鏡が出土している。その内訳は、内行花文鏡(ないこうかもんきょう 直径10.7cm)、画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう 同15.5cm)、獣形鏡(同13.3cm)、五鈴鏡である。
 画文帯神獣鏡は中国製で、埼玉県稲荷山古墳から同型の鏡が出土している。おそらくこの鏡が中核的な位置を占めるものであったと思われる。内行花文鏡・獣形鏡も中国に由来するオーソドックスな鏡式であるが、●製鏡(ぼうせいきょう)である。
 五鈴鏡は、内区に簡略化された半肉彫りの五獣を配し、その外側に櫛歯(くしは)文・複線波文・鋸歯(きょし)文を順次外へ向けてめぐらしており、この種の鏡としては、本体の文様構成が整っている。観音塚古墳にふさわしい鈴鏡と言えよう。国指定重要文化財。 ●人偏に方

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