古墳時代
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各種勾玉、玉類(かくしゅまがたま、たまるい)
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.かくしゅまがたま.たまるい

■時 代
6世紀初頭
■出土地
安中市簗瀬二子塚古墳
■寸 法
長さ約2p
■保管等
個人蔵
  簗瀬二子塚古墳は、関東地方ではもっとも古い横穴式石室を有する前方後円墳(墳丘長76m)である。石室は明治12年に地元の人達によって発掘され、出土した豊富な副装品が、その記録類とともに今日まで伝えられてきている。
 玉類は数も多く、種類としては管玉(くがたま)・切子玉(きりこだま)・そろばん玉・丸玉・小玉・勾玉(まがたま)・棗玉(なつめだま)などがあり、ガラス・水晶・碧玉(へきぎょく)・硬玉(ヒスイ)などの材料が使用されている。
 これらの中にはめずらしい玉がある。それは、ガラス小玉3個を一つなぎにしたもので、よく見ると、内部に金色の輝きが認められる。製作の際に金箔(きんぱく)を取り込んでいるためで、金箔ガラスとも呼ばれている。この技術は朝鮮半島に由来するもので、日本での発見例は、極めてわずかである。
  これらの玉類は、一連にして被葬者の首飾りとして使用されていた。玉の種類も豊富で、貴重な石を使用しており、さすがに首長の首飾りと言った感が強い。
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子持ち勾玉(こもちまがたま)
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.こもちまがたま
■時 代
5世紀後半
■出土地
群馬町三ツ寺I遺跡
■寸 法
長さ10.2cm
■保管等
群馬県埋蔵文化財調査センター
  昭和57年に、上越新幹線の通過予定地であるこの遺跡の中心部分を発掘調査したところ、全国的に見てもはじめての豪族居館が姿を表した。
  一辺が約80mの方形で、本体部分の周囲には幅二十m以上の大型の濠がめぐらされ、縁の斜面には全体に川原石が葺(ふ)かれていた。本体部分は三重に柵(さく)がめぐらされ、内部では首長によりさまざまな祭祀(さいし)儀礼が執行されていた。
 この子持ち勾玉も、内部でのそのような場面で使用されたものと考えられる。大型の滑石製で、背と腹の部分に一つずつ、両側面に2つ連ねた小さい勾玉が付いているのが特徴である。  
  三ツ寺T遺跡からはほかにも多量の滑石製模造品が出土しているが、これほどの大型品は見あたらない。しかも、その他の模造品はつくりがとても粗雑である。非常にていねいに作られたこの子持ち勾玉が、祭祀に使用された模造品の中で、中核的な位置を占めるものであったことがわかる。
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須恵器四神飾り付き器台(すえきししんかざりつききだい)
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.すえきししんかざりつききだい
■時 代
6世紀初頭
■出土地
前橋市前二子古墳
■寸 法
高さ58p
■保管等
前橋市教育委員会
  明治11年に古墳のある大室地区の人々によって発掘された。その際出土した大量の副葬品の中の一つであり、長く地元の神社に大切に保管されてきた。  
  いちばん上に別の土器を載せるための■(わん)形をした受部があり、その下に長い筒状の胴とラッパ状の脚が付き、高く捧げる役割を強調している。受部には、同じ石室から出土している須恵器●(はそう=酒を注ぐ器)が載っていた可能性が強い。  
  脚と胴の接合部は段になっており、そこに4つのかわいらしい小動物が載っている。よく見ると亀・鳥・蛇と蛙をかたどっているようである。これは、中国に古くからある四神思想にもとづいて、朱雀(鳳凰)・玄武(亀と蛇)を表現していると考えられる。もう一カ所、小動物が剥落(はくらく)してしまった痕跡があるが、ここには青竜(竜)か白虎(虎)があった可能性が強い。
  ※■は土へんに椀のつくり ●は瓦へんに泉
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形象埴輪群(けいしょうはにわぐん)
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.けいしょうはにわぐん
■時 代
6世紀前半
■出土地
太田市塚廻り4号古墳
■寸 法
高さ78.7p(左端)
■保管等
文化庁
  昭和51年に太田市の東部で行われた発掘調査で、思いもよらない7基の古墳を発見した。古墳の位置する土地が広大な水田地帯のまっただ中であり、古墳の存在など考えられなかったからである。調査後の地理的検討により、築造当時は小高かった土地が、後世に沈降したためとみられている。  
  7基の古墳の中では、4号古墳が残りもよく、ほぼ全域の調査を実施することができた。墳丘は帆立貝式(墳丘長22.5m)で、大量の埴輪が完全に近いかたちで出土した。特に注目されたのは、円筒埴輪で区画された前方部(造出部=つくりだしぶ)からまとまって出土した人物・動物埴輪群である。そこにはさまざまな役割を担う男女の埴輪が、馬2頭とともに配置されていた。おそらく首長権の継承儀礼を表す場面が立体的に構成されていたと思われる。国指定重要文化財。
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大刀を持つ女子埴輪(たちをもつじょしはにわ)
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.たちをもつじょしはにわたちをもつじょしはにわ
■時 代
6世紀前半
■出土地
太田市塚廻り4号古墳
■寸 法
高さ78.7cm
■保管等
文化庁
 上の形象埴輪群左端の埴輪。女子像で大刀を持つものはたいへん珍しい。大刀を除けば、装束は巫女(みこ)の姿を表すものである。大刀は柄(つか)の先端を丸くつくる頭椎(かぶつち)大刀であるが、装飾性に乏しいため、首長が持つ儀礼用のものとは異なろう。儀礼の場面にのぞむ姿を表しているものと思われるが、その場合、はたして大刀を持つことにどのような意味があったのかは明らかでない。  
  頭の上にのる板状のものは、島田髷(まげ)風に結った髪である。服装は右肩から左脇下に掛けた襷(たすき)状のものがあり、幾何学的な模様が見られる。複雑多彩な織りによって実現したものであろう。  
  胸のところの蝶々(ちょうちょう)結びから垂れ下がる部分に押し当てられている左手のしぐさは、儀礼にのぞむ直前の張りつめた雰囲気をかもしだしている。国指定重要文化財。

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