縄文時代
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深鉢土器群(ふかばちどきぐん)
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ふかばちどきぐん
■時 代縄文時代中期
■出土地北橘村房谷戸遺跡
■寸 法高さ65.6cm(右の復元高)
■保管等群馬県埋蔵文化財調査センター
 房谷戸(ぼうがいと)遺跡は、利根川を望む赤城山の西麓にある。赤城山麓では縄文時代の重要な遺跡の発掘が相次いでおり、房谷戸遺跡はそのひとつである。この土器は集落の中の竪穴(たてあな)住居から出土したもので、木の実などの食料を保存しておく生活の道具である。力強く伸びやかな曲線と、繊細な細かい文様が混じり合ったモチーフは、自然の中で生きた縄文人の生活を彷彿(ほうふつ)とさせる。
 この土器は縄文時代中期を代表する土器型式のひとつで、阿玉台(おたまだい)式土器と呼ばれている。茨城県の霞ヶ浦を中心に分布するが、利根川の上流部にあたる群馬県でも数多く出土する。
 縄文時代は、土器の文様や形の変化によって細分された土器型式から、草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の六期に区分されている。土器形式は1万年以上も続いた時代の移り変わりを理解するための基準として設定されている。国指定重要文化財。中期阿玉台式土器。

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深鉢土器(ふかばちどき)
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ふかばちどき
■時 代縄文時代中期
■出土地北橘村房谷戸遺跡
■寸 法 高さ66cm
■保管等群馬県埋蔵文化財調査センター
 この型式の土器は大型の扇状(おうぎじょう)の取っ手をもつことに特徴がある。文様は粘土ひもを曲線的に使っており、補足的に節のある線が描かれている。文様構成は全体的にシンプルだが、奔放な躍動感を感じとることができる。この時期の土器には、素材の粘土中に白い小さな石粒や、金色に光る雲母(いんも)が意識的に混ぜられており、土器面の色調に変化を加えている。
 一般に土器の文様は口縁(こうえん)と胴の二つの文様帯に分かれ、くびれには文様のないことが多い。しかし、この土器はくびれにも節のある線で文様が施されている。この線は、ヘラやシノ竹を押し引きすることによって描き出される文様で、前期から中期に特徴的であるが各土器型式によって趣が異なっている。この土器型式では、粘土紐の両側に沿って描かれる傾向がある。国指定重要文化財。中期阿玉台式土器。

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深鉢土器群(ふかばちどきぐん)
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ふかばちどきぐん
■時 代 縄文時代中期
■出土地 北橘村房谷戸遺跡
■寸 法 高さ31.2p(中央)
■保管等 群馬県埋蔵文化財調査センター
 群馬県は各地方の土器文化が入り交じって独特の文様構成を生み出す地域として注目されている。これらの土器群は、そのことをよく物語っている。土器は、それぞれの地域で固有の文様を構成している。
 写真のうち左の3個は、長野県を中心とする中部高地から南関東地方にかけて分布する勝坂式と呼ばれる土器型式である。右の二個は阿玉台(おたまだい)式と呼ばれる土器型式で、東関東地方を中心として分布するが、勝坂式の文様の影響を受けて、融合した型式になっている。
 房谷戸(ぼうがいと)遺跡では、それぞれの地域を象徴する土器型式と、それらの土器の融合型式の土器が同時に使われていた。これは、縄文人の行動が一地域内で孤立したものではなく、各地域間の交流が活発に行われていたことを示す例であろう。国指定重要文化財。中期勝坂式・阿玉台式土器。

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深鉢土器(ふかばちどき)
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ふかばちどきぐん
■時 代 縄文時代中期
■出土地 北橘村房谷戸遺跡
■寸 法 高さ32.0p
■保管等 群馬県埋蔵文化財調査センター
 上の写真左端の土器。粘土ひもを直線や曲線に貼り付けて、文様構成の基本としている。さらに、その間を節のある線や連続した爪形の文様で埋めている。できうる限り飾ろうとして、粘土ひもにも爪形の刻み目を加えている。
 阿玉台(おたまだい)式土器は粘土ひもによるシンプルな文様構成だが、この勝坂式土器は、粘土ひもで囲まれた文様の中を埋めつくすことに大きな特徴がある。東関東地方の海浜部と中部地方の山麓部という生活様式の差が、土器文様に表れているのであろうか。
 口縁(こうえん)には形の異なる取っ手が二つ付く。この取っ手には土器を使うときの実用的な機能はなく文様の一部である。土器を少しでも美しく飾ろうとする装飾意識の表れである。土器の文様が祈りであるとすれば、内陸部の山麓で厳しい生活をする人々の心情を反映していよう。国指定重要文化財。中期勝坂式土器。


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尖底土器(せんていどき)
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せんていどき
■時 代 縄文時代草創期
■出土地 太田市下宿遺跡
■寸 法 高さ25.3p(復元高)
■保管等 太田市教育委員会
 草創期前半の土器である。底が尖っていることから尖底土器と呼ばれている。かつて尖底の理由は、土器の作り方が未熟なため底から粘土ひもを巻き上げて作ったからとの考え方があった。しかし、最古の土器に平底があったり、製作技法も板状の粘土を輪積みして作られていることなどから、この考え方は否定された。おそらく、形の変化は機能とは別の流行であろう。
 ヘラのような工具で突き刺した文様は、爪の形に似ていることから爪形文と呼ばれている。土器の型式名は、時代性と地域性が確定されたものについて、それが初めて出土した遺跡の名称が付けられる。しかし、この時期には明らかな地域性がみられず、全国的に共通した文様が分布するために、文様の特徴から型式が設定されている。この現象は地域に密着した生活様式が確立していなかったからだとする説が有力である。草創期、爪形文土器。

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