縄文時代
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赤城村三原田遺跡出土の深鉢土器. 縄文が未来を開く……詩人 宗 左近



 縄文とは、何か。
 自然科学の力によってわかっている一つの事実がある。

 南は沖縄諸島から北は北海道までの日本列島の各地で、紀元前一万年から紀元前三百年まで、同じ一つの民族によって、同じ雰囲気をもつ土器と土偶そのほかの粘土製品が焼かれ続けた。その時代が縄文時代、その民族が縄文人と呼ばれる。ここでは、その両者をあわせて、縄文と呼ぶことがある。

 一九九三年、青森市三内丸山遺跡発掘。直径一メートル、高さ六メートルの栗の大柱の建築遺物、五百人の竪穴住居跡、段ボール箱五万箱の土器・土偶の個体と破片、などなどが出土。古代都市の出現と騒ぎ立てられる。大新聞のバックアップによる『縄文まほろば博』が全国主要都市を巡回。NHKそのほかのTVが紹介、たちまち、それまでになかった縄文ブームがおこる。現地には子供も大人も修学旅行に押しよせる。


 大自然。それは万物を生み万物を亡ぼす。縄文人は、愛と畏れを、すなわち祈りを捧げる。つまり祭りをおこなう。そのために、小さくした大自然をつくって、中心に据える。それが祭器、土器。いい直せば自然神の機能相同体。


 しかし、思想するとはどういうことか。
 第一に、おのれの根元に還ること。そこに働いている宇宙の力、神を感じること。第二に、その根元と人間たち(民族と人類)の相互交感の創り出してきた生の連続、つまり歴史の意味を受け取り直すこと。第三に、人間たち(民族と人類)の、そして宇宙の、その双方のどんな未来が可能なのか、それを問うこと。

縄文時代 目次 解説 能登 健
深鉢土器群(北橘村房谷戸遺跡) 深鉢土器(北橘村房谷戸遺跡) 深鉢土器群(北橘村房谷戸遺跡)
深鉢土器(北橘村房谷戸遺跡) 尖底土器(太田市下宿遺跡) 浅鉢土器(宮城村苗ヶ島大畑遺跡)
深鉢土器群(赤城村三原田城遺跡) 深鉢・浅鉢土器群(笠懸町清水山遺跡) 深鉢土器片(笠懸町清水山遺跡)
浅鉢土器(月夜野町道木原遺跡) 深鉢土器(昭和村糸井宮前遺跡) 深鉢土器(昭和村糸井宮前遺跡)
深鉢土器(昭和村糸井宮前遺跡) 深鉢土器(桐生市三島台遺跡) 深鉢土器群(桐生市三島台遺跡)
深鉢土器群(桐生市三島台遺跡) 深鉢土器群(富岡市南蛇井増光寺遺跡) 深鉢土器群(赤城村三原田遺跡)
深鉢土器(赤城村三原田遺跡) 深鉢土器(吾妻町郷原遺跡) 漆塗り木製容器(新田町下田遺跡)
浅鉢彩色土器片(新田町下田遺跡) 小型石棒(前橋市荒砥上ノ坊遺跡) 三角柱形土製品(沼田市寺入遺跡)
大 珠(太田市小町田遺跡) 玉斧・けつ状耳飾り(榛名町三ツ子沢中遺跡) 深鉢・浅鉢土器群(新田町矢太神沼遺跡)
ハート形土偶(吾妻町郷原遺跡) 容器形土偶(桐生市千網谷戸遺跡) 深鉢土器群(桐生市千網谷戸遺跡)
注口土器(嬬恋村今井東平遺跡遺跡) 注口土器(赤城村三原田遺跡) 深鉢注口土器(桐生市千網谷戸遺跡)
異形土器(桐生市千網谷戸遺跡) みみずく形土偶(桐生市千網谷戸遺跡) 土器群(桐生市千網谷戸遺跡)
土製耳飾り群(榛東村茅野遺跡) 土製耳飾り(榛東村茅野遺跡) 耳飾をつけた土偶頭部(榛東村茅野遺跡)
狩猟文石(月夜野町矢瀬遺跡) 石冠群(月夜野町矢瀬遺跡) 石 剣(北橘村)
土製耳飾り群(桐生市千網谷戸遺跡) 石製首飾り(桐生市千網谷戸遺跡) 容器形土偶(板倉町板倉遺跡)
多頭石斧(小野上村八木沢清水遺跡)