飛鳥・奈良・平安時代
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墨画土器(ぼくがどき)
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ぼくがどき
■時 代 平安時代
■出土地 前橋市柳久保水田跡
■寸 法 高さ4.5cm
■保管等 前橋市教育委員会
 平安時代の土器の内外面に墨で絵が描かれている。欠損部分があるので全体像は不明であるが、外面には5人の人物が認められる。そのうちの1人は、馬に乗っていて、左手を斜め後方に挙げている。その顔は太い眉がつり上がった形相で、頭部は表現されておらず、衣服をまとわぬ裸体である。
  他の4人も騎馬の人物と同様に表現されているが、顔の向きと目鼻の線の太さで少しずつ異なる表情を見せている。内面には牛の頭をした者が棒をもって立っており、外面の人物のうち2人も棒をもっていて、鬼を想起させる。また、騎馬の人物と棒を持たない人物は、人の姿を借りた鬼神の表現であり、この土器は鬼の世界を語るものとの見方もされている。

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銅印(どういん)
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どういん
■時 代 平安時代
■出土地 高崎市矢中村東遺跡
■寸 法 1辺3.7cm
■保管等 高崎市教育委員会
  平安時代の末期、天仁元年(1108)に浅間山の噴火によって降下した軽石層下の溝から出土した。県内では、これまでに十数例を数える銅印が出土しているが、本銅印は大きさや形、保存状況の良さなどいずれをとっても群を抜いている。  
  印面には「物部私印」と刻まれており、国印や郡印などとは異なり、物部という氏族が私的に用いた印であることがわかる。  
  上野国における物部氏は、史料や出土文字資料などから、利根川右岸の群馬郡、多胡郡、甘楽郡などの西部地域に数多く分布していたことがわかっている。  
  この印面の大きさというのは厳密に決められていて、天皇の使う方3寸のものから段々小さくなり、中央省庁が2寸台で、諸国印が方2寸であった。このほかに郡印や私印があり、私印については、方1寸5分以下という制限があった。本銅印は一辺が3.7cmであるから、ほぼ1寸2分ということになり、私印の範疇に収まるものである。

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