![]() 塑像頭部(そぞうとうぶ) ![]() |
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この塑像の頭部は、山王廃寺の塔心礎がある日枝(ひえ)神社のブロック塀工事中に偶然発見されたものである。
髪は真ん中で左右に分け、後頭部ですき上げられて頭頂で束ね、それを右回りに一回転させながら根元に差し込んでいる独特の髪形である。 顔の部分は表面がはがれ落ちて荒れているが、ふっくらとして気品のある顔立ちである。 わずか5cmの大きさであるにもかかわらず、見る者に実物以上に大きく感じさせるのは、豊かな感性と優れた技巧でつくられたものだけがもつ、完成された美しさを備えているからであろう。 この像は、法隆寺五重塔の初層に見られる塑像群のような、お釈迦様の伝記中の場面を構成するものであったのかもしれない。 わが国へ塑造の技術が伝えられて間もない7世紀後半ごろの作品であることから、山王廃寺を建立した豪族の文化水準の高さを示すとともに山王廃寺の奥の深さを感じさせる遺物である。. |
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日枝神社の境内は、周囲よりも一段と高く、ここに塔の基壇跡がある。その地中には、塔の心柱を支えた、心礎と呼ばれている大きな礎石がある。この心礎は、現状ではその上面が基壇の上面より30cm下に据えられている。心礎の表面には、中央に2段に穿たれた円形の舎利孔(しゃりこう)がある。その周りには環状の溝が巡り、そこから真北を基準にして四方に放射状の溝がのびるという、見事に均整のとれた加工が施されている。これらの溝については、心柱の根元に集まってくる水を排水するためのものと考えられている。
塔心礎の表面は、真っ平らではなく、ふっくらとした感じに仕上げられている。このような石材加工の技術は、近接する総社古墳群のうちの蛇穴山(じゃけつざん)古墳の石室にも認められ、両者は、ほぼ同時期に造られたものと考えられている。心礎は、塔の完成後には地中に埋めてしまうにもかかわらず、このような精巧なものを造っているところに、当時の信仰の一端がうかがえる。国指定史跡。 |
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根巻石は柱の根元を装飾するもので、7つの蓮弁(れんべん)からなっている。この根巻石は、かつては金堂の柱に使われたと考えられていたが、最近の研究によって塔の心柱を飾っていたものであることが明らかになった。他に例を見ない極めて珍しい石製品である。
7弁の蓮弁をかたどっていることは、山王廃寺から出土する複弁七葉蓮華(れんげ)文軒丸瓦と弁数の上では共通するものである。しかし、7弁のうちの1つの蓮弁の調整の仕方が異なり、ほかの蓮弁にくらべて大きいことから、もともとは8弁であった可能性も指摘されている。とすると、創建期の素弁八葉蓮華文軒丸瓦の彫りのシャープさと通じるものがある。総社古墳群のうちの宝塔山古墳の石棺に見られる格狭間(こうざま)の技巧との類似がいわれている。このことから、山王廃寺は終末期の宝塔山(ほうとうざん)古墳が築造されたころから造営が始められたものと考えられている。国指定重要文化財。 |
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鴟尾は主に金堂の屋根の上に一対で据えられていて、火災の時には口から水を噴き出すと信じられている防火のまじないである。現在、唐招提寺金堂や玉虫厨子(たまむしのずし)でその往時の姿を目にすることができる。
鴟尾の材質は瓦製が一般的であるが、山王廃寺出土の2個体はきわめて珍しい石製であり、ほかには鳥取県の大寺廃寺の一個体が知られているのみである。 右の 個人宅のものは、自然石に手を加えたものであり、大寺廃寺のものに似ている。これは硬い輝石安山岩で造られていて、おおまかではあるが、柔らかみのある仕上がりになっている。これに対して、左の日枝神社境内の鴟尾はやや軟質で、加工が容易であったためか細かい造作が施されている。これらは一対のものである可能性も検討されているが、相違点も多く同じ建物の棟にのっていたとは考えにくい。 |
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山王廃寺は東に塔、西に金堂をもつ伽藍(がらん)配置で、その屋根を飾った瓦のうち、軒先を飾ったものは蓮華(れんげ)の文様などを施した軒丸瓦や軒平瓦であった。この文様は個々の寺院跡で異なっており、その製作された時期によってもさまざまな違いを見せている。
山王廃寺の創建期の軒丸瓦である素弁八葉蓮華文は、中房の中心に1つ、その周りに6つの蓮子(れんじ)を置き、八枚の蓮弁を表現している。この文様は均整のとれた肉厚な表現で、シャープな作りである。このほかにも複弁の蓮華文があり、8弁と7弁で表現されていて、東山道と推定される道すじにあたる太田市・寺井廃寺や新田町・入谷遺跡などでも出土が知られており、その関連が認められる。 これらは、全体に青みを帯びていたり、白っぽいものが主であり、山王廃寺の伽藍の色合いをうかがい知ることができる。 |