事業団の発掘と整理
発掘調査の最新情報

綿貫41(わたぬきよんじゅういち)遺跡・岩鼻47-3遺跡(いわはなよんじゅうななのさん)遺跡・岩鼻47-1(いわはなよんじゅうななのいち)遺跡

令和元年5月 調査
調査場所
高崎市綿貫町・岩鼻町地内
調査期間
平成31年4月1日~令和元年5月31日
調査原因
平成30年度(都)前橋長瀞線社会資本整備総合交付金(活力基盤)
委託者
群馬県高崎土木事務所
主な時代
古墳時代、古代、中近世
遺跡の内容
綿貫41遺跡と岩鼻47-1遺跡・岩鼻47-3遺跡は、それぞれ高崎市綿貫町と岩鼻町地内に所在し、烏川の支流である井野川の右岸、井野川低地帯・高崎台地上に立地します。今月は綿貫41遺跡の13区の南半分、岩鼻47-1遺跡、岩鼻47-3遺跡の北半分において、調査を行いました。
綿貫41遺跡では、北側で検出された大型溝と同様の、深さが2m程ある薬研堀の溝が検出されました。また、井戸と推定される、深さが2m以上ある土坑も検出されました。これらの遺構はいずれも中・近世の遺構と考えられます。
岩鼻47-1遺跡では、竪穴建物2棟、溝6条などが検出されました。竪穴建物は1辺が約3.5mあり、床面では炉跡も検出されました。溝はいずれも弧状を呈し調査区外に向かい延びていました。溝の埋没土内からは多量の埴輪片が出土しています。このことから溝は、円墳の周溝と考えられます。
岩鼻47-3遺跡では竪穴建物2棟、溝4条などが検出されました。竪穴建物はいずれも1辺が約5mありました。その内の1棟は古墳時代前期で、床面中央部分には炉跡が検出されました。また、別な古墳時代後期の竪穴建物は、東壁の南隅寄りにカマドが付設されていました。また、南北に延びる大溝が1条検出されました。この溝には、木杭を横断する状態で打設してあり、約1m間隔で2列認められました。何らかの構造物があったと推定されます。溝からはAs-B軽石(1108(天仁元年)に浅間山の火山活動により噴出した軽石))の二次堆積が検出されたことから、中世の用水路であった可能性が考えられます。
これらの遺跡の発掘調査は予定通り、今月で完了しました。
連絡先
写真1 岩鼻47-3遺跡全景(北から)
写真2 岩鼻47-3遺跡古墳の周溝(南から)